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札幌散策その26

北大にやってきました。
北海道シリーズの最終地点です。

まずは正門から。
竣工:1936年(昭和11年)
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1936年の行幸および陸軍大演習大本営の設置を機に、垂直性の強い幾何学装飾を施した意匠としている。


事務局本館(旧北海道帝国大学予科教室)
竣工:第1期1935年(昭和10年)、第2期1937年(昭和12年)
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外壁はスクラッチタイル張りであるが、戦時体制下の建設のためか装飾は極力抑えられている。


北海道大学南門(旧札幌農学校正門)
竣工:1904年(明治37年)
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1903年(明治36年)に北一条キャンパスから北八条キャパスへ移転した翌年、札幌農学校正門として現在の正門位置に設けられた。現正門が新設される1936年(昭和11年)に、通用門があった現在地へ南門として移設された。


守衛所(旧札幌農学校門衛所)
竣工:1904年(明治37年)
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札幌農学校の門衛所として、レンガ造りの旧正門(現南門)と同時期に建設された。


古河講堂(旧東北帝国大学農科大学林学教室)
竣工:1909年(明治42年)
登録有形文化財
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1907年札幌農学校は東北帝国大学農科大学に改組され、本建物や予科講堂、畜産学教室などが新築された。
これらは、本建物の正面2階に古河家寄贈と記されているように、古河家の寄付で新築された。
古河家の寄付で建てられたものとしては唯一残るものです。


林の文字をデザインした丸窓
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基礎がレンガと言う事でとりあえずチェック(^^)


何故、古河家が大学に寄付するのか軽く調べてみました。
当時、古河家は古河鉱業として足尾銅山での銅の産出が主だった経営基盤でしたが、
鉱毒問題で社会的非難を浴びていました。

そこへ内務大臣で古河鉱業の顧問も務めていた原敬が古河虎之助に寄付を勧めます。
明治政府は日露戦争後で財政難、古河鉱業としては社会的な非難を緩和すると言う目的もあり
お互いの思惑が一致して寄付に至ったようです。


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北大シリーズはまだ続きます。
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